こんにちは、そらです。
ここ最近、また完璧主義のクセが顔を出してきてるな…って感じる日が続いた。
ブログを書けなかった日、Xの投稿を休んだ日、外出して疲れて何もできなかった日。
その全部に対して、自分で自分を追い込んでしまう。
「プー太郎なのに、これくらいやらなきゃ」
「ウォーキングも再開するって言ってたのに…」
「今日もできなかった…」
そんなふうに、できない日が続くだけで気持ちが沈んでしまう。
完璧主義からくる“先延ばし癖”に気づいた日
ブログやXが1日空いただけで自己嫌悪。
外に出ただけで疲れて何もできず、また落ち込む。
でも、改めて振り返って思った。
わたしが自分を責めてる理由って「怠けてるから」じゃない。
“完璧じゃないと不安になるクセ”が、ずっと前からわたしの中に住みついてるから。
完璧主義って、調べてみたら「性格」じゃなくて、
脳がつくる“思考のクセ”らしい。
ミスを嫌ったり、他人の目が気になったり、
「100点じゃなきゃ意味ない」みたいな極端な考え方になりがちで、
しかもそれ、幼少期の環境とかで自然と身につくことも多いんだって。
だから、ウォーキングもずっと“やるやる詐欺”だったのは、
怠けてたわけじゃなくて、
「完璧にできないなら、最初からやらないほうがいい」
これ、よく思うことで、無意識のブレーキがかかってるだけなんだと思う。
実際、完璧主義ってポジティブな面もあるみたいで
丁寧にやるとか、良いものを作ろうとするとか。
でも行きすぎると、今回みたいに“先延ばし癖”とか、
自分を責めたり、しんどくなる方向に出てしまう。
「治す」というより、
“あ、これわたしの脳のクセなんだな”
って気づくだけで、少しラクになれる。
完璧主義と相性が悪い“環境ストレス”に気づいた日
歩けない理由って「気持ちが弱いから」じゃなくて、
そもそも“環境そのものがしんどい”んだと気づいた。
実家の近くみたいに自然がある場所なら歩けるのに、
今の街はビル・車・人ばっかりで、どうしても気分が乗らない。
平日は働いてる人を見ると落ち込んでしまうし、
昼間の視線の多さも苦手。
「ウォーキングのためにわざわざ外に出る」
そのハードルがとにかく高かった。
帽子かぶって、マスクして、完全防備じゃないと落ち着かない時もある。
だから、「続かなかった」のは気持ちが弱いんじゃなくて、
ただ環境のストレスが強かっただけ。
ジムも考えたけど…潔癖の壁が大きかった
チョコザップは気になったし、価格も魅力的だった。
でも、潔癖ぎみのわたしにはやっぱり無理だった。
掃除の口コミとか、機材の状態とか、そのあたりが引っかかったまま。
エアロバイクなら出来そう…って思ったけど、これも結局踏ん切りつかず。
気づいたこと。
問題は“運動方法”じゃなくて、“心が疲れない環境”を探すこと。
だから決めた。“まずは形から入る”という作戦
ウォーキングウェアを買うことにした。
見栄じゃなくて、自分の背中を押す“準備”のつもりで。
夕方の街なら、昼間よりは歩ける気がする。
人の流れも変わるし、気持ちの負担も少ない。
いきなり完璧にやろうとするんじゃなくて、
「続けられる環境を整える」ところから始めてみる。
小さく動けた日は、できない自分を責めない
外出した帰りに、少しだけ歩けた日があった。
天気、寒さ、街の騒がしさ、人の目──全部気になりながら。
それでも一歩前進できた。
こういうことの積み重ねなんだと思う。
本当は、それだけでも十分すごいこと。
この“小さなできた”が、完璧主義をゆるめるスタートになる。
しんどい日の自分と、なんとか付き合っていく
完璧主義、環境のストレス、メンタルの波。
いろんなことが重なるから
“やる気がない”んじゃなくて、“心が追いつかないだけ”。
だから、動けた日はちゃんと認める。
動けない日も責めない。
その繰り返しで、少しずつ前に進みたい。
わたしだけでも、わたしの味方でいたい。
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